2010年11月5日金曜日

Music_King Crimson_The Allman Brothers Band_THE OFFSPRING

King Crimsonは、イギリスのプログレッシブ・ロックバンド。

King Crimson, 1982, l-r Robert Fripp, Adrian Belew, Tony Levin, and Bill Bruford
中心人物のロバート・フリップは自身の音楽をプログレ扱いされることを嫌っている(「『プログレッシブ・ロック』という名称はキング・クリムゾンが活動を始めた時をさす際のみ妥当な呼称であり、我々はすでにそこからさらに進化している」という考えのため)。 1968年末結成。アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』で1969年にデビュー。以降、フリップはバンドのメンバーを次々に替えていき、音楽性も多様に変遷を辿った。日本では俗に「クリムゾン」「キンクリ」「KC」などと呼ばれることもあるが、本国ファンにはCrimso(クリムソ)の略称が根強い。現在もなお、日本やイギリスをはじめ、ドイツ、イタリアなどの一部ヨーロッパ諸国やアルゼンチンなどの南米のプログレッシブ・ロックのファンの間では、カリスマ性を伴った人気を誇っている。
プログレ・バンドと呼ばれた多くのバンドが実験の一環として(一時的にせよ恒久的にせよ)コマーシャルな方向性を打ち出す中、時代時代のチャートに流されること無く文字通り先進的(=progressive)であり続け、独自の音楽性を追究し続けてきた。プログレッシブ・ロックという特殊な音楽ジャンルの中においてさえも孤高の存在と言え、時にはニュー・ウェイヴ、HeavyMetalやインダストリアルといった旧来のプログレと相容れない音楽との融合を試みるなど、ミュージシャンとして今なお挑戦的である。そうした頑固一徹ともいえるアティテュードとメンバー全員の高い力量から創造された音楽は、いまだに世界に多くのフォロワーを生んでいる。


The Allman Brothers Bandは、アメリカ合衆国のRockBand。


ギタリストのデュアン・オールマンが中心となり1969年に結成。ブルースをベースとしながらも、ツイン・リード・ギターとツイン・ドラムスによるスケールの大きい演奏を展開。サザンロックと呼ばれるサウンドの基礎を築いた。カントリーミュージックの持つ明るく大らかな感覚、そしてジャズの前衛的な音楽性をも取り込み、独自のサウンドを作っていった。
デュアン・オールマンと弟のグレッグ・オールマンは、地元フロリダ州デイトナビーチで1963年、オールマン・ジョイズを結成し米国南東部のツアーを経験、シングル・レコードもリリースする。続いて60年代後半、2人はアワーグラスに参加するために、カリフォルニア州ロサンゼルスへ移住した。このバンドはリバティ・レコードより2枚のアルバムをリリースしたものの、希望する音楽をプレイできないことに不満を感じたデュアンはバンドを脱退し、フロリダに戻ってしまった。
フロリダ州ジャクソンビルで活動をするうちに、デュアンは31stオブ・フェブラリーというバンドのブッチ・トラックス(ドラムス)、またセカンドカミングのディッキー・ベッツ(ギター)とベリー・オークリー(ベース)、R&Bのドラマーとして実績のあったジェイ・ジョハンソン(ジェイモー)といった面々と出会い、セッションを重ねる。同時に、アラバマ州マッスルショールズのフェイム・スタジオを中心にセッション・ギタリストとして名を上げ、アレサ・フランクリン、ウィルソン・ピケットなどのレコーディングに参加した。
1969年3月、まだロサンゼルスに残って活動を続けていたグレッグをデュアンが呼び寄せ、前述のセッション・メンバーに合流する。The Allman Brothers Bandの誕生である。

The Offspringは、1984年に結成された、アメリカ合衆国カリフォルニア州オレンジ郡出身のメロディック・ハードコアバンド。

The offspring.jpg
主な代表曲は「プリティ・フライ」、「オール・アイ・ウォント」、「ヒット! ザット」、「カム・アウト・アンド・プレイ」、など。全世界でのCDセールスは、4000万枚を突破した。
「offspring」というバンド名は、元メンバーのジェームズ・リルヤが名付け親である。バンド名は「バカ息子」という意味合いで使われる「offspring」から取っている。また、「ロックの次に来るもの(=ロックが産み落とした子ども)」という挑発的な意味もある。

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